現役国税調査官が語る!伝家の宝刀、相続税裁判を不動産投資に生かす

現役国税調査官が語る!伝家の宝刀、相続税裁判を不動産投資に生かす 不動産投資節税

令和4年4月19日に不動産業界で注目されていたマンションの相続税を巡る最高裁の判決が出ました。

相続間近に、マンションを購入し、借入れすることにより、相続税を節税することができるか否かが争われ、今後の不動産投資にも影響するため、注目されていました。

課税庁は、納税者が行った評価が著しく不適当であるとして「伝家の宝刀」と呼ばれる例外規定を使って評価しました。

一審、二審と同様に、最高裁でも、課税庁が勝訴しました。

他の裁判との共通点や「伝家の宝刀」で相続税を否認されない対策についても書いています。

「伝家の宝刀」不動産相続税の裁判の内容

事実関係と裁判の争点

事実関係は以下のとおりですが、皆さんは事実関係を読んでみて、どう感じますか。
判例は、先入観を持たずに、まず事実関係を読んでみて、どう思うかということが大切です。

平成20年8月Aは孫を養子縁組
平成21年1月Aは90歳で杉並区マンションを8.3億円で購入(銀行ローン6.3億円※1)
6月Aは不動産会社の代表を辞任し、子供が就任
10月Aは遺言書を作成
12月Aは91歳で川崎市マンションを5.5億円で購入(銀行ローン3.7億円※2、妻から0.4億円借入)
平成24年6月Aは94歳で死亡
10月遺言書、遺産分割により、孫が杉並区と川崎区のマンションを相続
平成25年3月7日孫が川崎市マンションを5.1億円で売却
11日相続人は、路線価(杉並区マンション2億円、川崎市マンション1.3億円)で評価し、銀行ローンと相殺することで相続税をゼロで申告
平成28年4月課税庁は、不動産鑑定評価(杉並区マンション7.5億円、川崎市マンション5.1億円)で評価し、加算税含む相続税3.3億円を課税処分
※1 銀行の貸出稟議書に「相続対策のため不動産購入を計画。購入資金につき、借入の依頼があったもの。」と記載
※2 銀行の貸出稟議書に「前回と同じく相続税対策を目的として第2期の収益物件購入を計画。購入資金につき、借入の依頼があったもの。」と記載

路線価よりローンの金額の方が大きいので、他の相続財産と相殺することができ、相続税を減らすことができます。

私は、マンション購入と借入れが、相続税の節税のためだけに行われており、上記申告が認められると、不動産とローンを使うことで、世の中から相続税という税金がなくなると思いました。

関係する法令等は以下のとおりです。

相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による。

相続税法第22条

財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期(相続により財産を取得した日)において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。

財産評価通達1(評価の原則)(2)時価の意義

この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。

財産評価通達6(この通達の定めにより難い場合の評価)

市街地的形態を形成する地域にある宅地の評価は、原則として、路線価方式によって行う。

財産評価通達11(評価の方式)

相続税法22条や評価通達1には、相続により取得した財産は時価で評価すると規定されています。

納税者は、評価通達1に規定されている通りに、評価通達11に定められている路線価で時価を評価しました。

相続税を計算する際に、基本的には、土地は路線価で評価しますが、路線価は実勢価格の8割、都心では更に乖離の幅が大きくなり、貸し付けると更に評価が下がります。

課税庁は、評価通達6により、路線価で評価するのは著しく不適当であるため、国税庁長官の指示を受けて、不動産鑑定評価で時価を評価しました。

裁判では、相続により取得したマンションの時価に、評価通達6が適用されるか否かが争われました。

「伝家の宝刀」と呼ばれる例外規定、評価通達6が適用される事案は少なく、評価通達6は課税庁にとって最後の切り札と言われています。

なお、通達は行政内部の指示文書で、納税者は拘束されませんが、事実上、法令に準じて扱われており、問題があるか否かについて賛否両論あります。

裁判所の判断と解釈

節税の目的ではなく行為が問題

納税者は、災害などの時価評価に影響を及ぼす場合に、評価通達6が適用され、節税目的やマンション購入、借入れの行為は関係なく、評価通達6は適用されないと主張しました。

しかし、裁判所は、「租税負担の実質的な公平を著しく害する」ことが明らかである場合に、評価通達6が適用され、今回はその場合に該当すると判断しました。

例えば、所得税、相続税などの多くの税率は累進税率で、所得や財産が多い人ほど税金を多く納めることになっており、実質的な公平と言えます。

「租税負担の実質的な公平を著しく害する」ことが明らかであると判断した理由は以下のとおりです。

  1. 路線価は不動産鑑定評価の1/4にとどまり、購入価格は不動産鑑定評価よりも高く、乖離は更に大きい
  2. 90歳、91歳で借り入れ、マンション購入とローンにより相続税がゼロ
  3. 銀行稟議書の記載によると、相続税の負担を軽減するために上記2を実行

裁判所は、上記2,3から、相続税の負担を軽減することを知り、期待して、マンションの購入、借入れを企画したと言っています。

今回の裁判で、よく勘違いされているのが、相続税の節税目的で不動産投資をしたから納税者が敗訴したと思われていることです。

裁判所は、相続税の節税目的ではなく、相続税の負担の軽減を図る行為が「租税負担の実質的な公平を著しく害する」と認めています。

相続税の節税目的であったとしても、マンション購入と借入れが、相続税の節税を図る行為として認められずに、更には、路線価と実勢価格の乖離が小さく、租税負担の実質的な公平を著しく害していなければいいわけです。

租税法律主義に反する主張は弱い

高裁では、納税者が、課税庁の不動産鑑定評価で評価することが租税法律主義に反すると主張しており、専門家の中にもそのような意見をされる方がいます。

しかし、裁判所は、相続税法22条に相続財産は時価で評価すると規定されており、租税法律主義に反しないと判断しています。

時価とは客観的な交換価値であると裁判で既に示されています。

法令ではない評価通達には路線価と規定されていますが、客観的な交換価値は実勢価格であり、租税法律主義に反するという主張は弱いです。

下記裁判③の高裁でも、租税法律主義に反するという主張がされていますが、同じ結果になっています。

相続直後の売却は認められたわけではない

相続人は、相続してから半年後に、川崎市マンションを不動産鑑定評価に近い金額で売却しています。

下記裁判①でも、相続してから間もなく、マンションを売却しており、裁判所は、マンションが一時的に当事者の所有になっているに過ぎず、租税負担の公平から問題があると判断しています。

相続が近くなったら実勢価格で購入して、相続税を計算するときに低い路線価で評価し、相続してからすぐに実勢価格に戻して売却するという一連の行為は、節税を図る行為として認められることを更に助長してるようなものです。

今回の裁判では、課税庁は、売却行為については「租税負担の実質的な公平を著しく害する」と主張していません。

課税庁が主張すると、もう一つの杉並区マンションは売却せずに、賃貸事業に使っており、節税を図るためではないと納税者に反論されるからだと予想されます。

今回の裁判では、売却行為が「租税負担の実質的な公平を著しく害する」ことの判断要素にならないと認められたわけではありません。

課税庁が主張しなかったので、裁判所も触れなかったということです。

「伝家の宝刀」不動産相続税の裁判の共通点

マンション購入と借入れについて「伝家の宝刀」である評価通達6が適用された裁判は他にも2つあります。

マスコミ報道はされていませんが、今回の裁判における最高裁判決の日と同日に、同じ内容の裁判(下記③)の最高裁判決が出ています。

また、課税庁は、節税を図る行為に評価通達6が適用された裁判があると、今回の裁判の中で下記①の裁判を引用しています。

②(今回裁判)
相続財産の金額18億円18億円28億円
マンションの購入価格7.5億円13.8億円14.7億円
ローン8億円10億円15億円
評価通達6の評価方法購入価格不動産鑑定評価不動産鑑定評価
上記評価方法の評価額7.5億円12.7億円10.4億円
路線価
(評価額との乖離)
1.3億円
(1/6)
3.3億円
(1/4)
4.7億円
(1/2)
マンション購入による減税額3億円3億円
納付税額
(申告→調査)
2.8億円
(0円→2.8億円)
0.9億円
(0.1億円→1億円)
マンション購入時の年齢
(亡くなった年齢)
95歳
(95歳)
90,91歳
(94歳)
89歳
(89歳)
相続直後の売却全部一部なし
裁決日地裁H4.3.11
高裁H5.1.26
最高裁H5.10.28
地裁R1.8.27
高裁R2.6.24
最高裁R4.4.19
地裁R2.11.12
高裁R3.4.27
最高裁R4.4.19

今回の裁判における納税者側の弁護士や多くの方が、判断基準が明確になってないと言われています。

しかし、裁判官は税務のことに詳しいわけではありませんし、判断基準を設けると、多くの納税者が、お墨付きをもらった基準で節税してきますので、判断基準を明確にしない方が自然です。

ただ、3つの裁判で、裁判所の判断には共通点があります。

いずれの裁判も「租税負担の実質的な公平を著しく害する」か否かがポイントであり、裁判所は以下の点から、租税負担の実質的な公平を著しく害していると認めています。

  1. 路線価と実勢価格との乖離(納付税額の差について、裁判②③で言及)
  2. マンション購入と借入れによって、相続税の負担の軽減を図る

1について、路線価と評価額の乖離の割合、金額ともに裁判③が最も小さくなっています。

判例からは1/2、5億円が基準といえますが、この基準より少なくても、否認される可能性はあります。

裁判③の高裁では、裁判所が3億円を超える相続税の圧縮効果を生じさせていると言っており、少なくとも3億円を超えると金額が大きいということです。

2について、裁判①では、相続税の負担の軽減を推認、裁判②③では、相続税の負担の軽減を知り又は認識し、期待していると裁判所は言っています。

裁判①では、納税者がマンション購入は利益を得ることが目的で経済取引であると主張していますが、裁判所は根拠には乏しいとして、しりぞけています。

裁判官が国税「伝家の宝刀」を支持するわけ

法曹界に税務の専門家が少ない

弁護士の資格をもっていると、国税局長に通知することで、税理士の業務をすることができます。

しかし、租税に関する案件を専門にする弁護士は少なく、弁護士が全て税務に詳しいわけではありません。

税務調査などで、弁護士と相対することがありますが、法令はわかっていても、実務に詳しくないということはよくあります。

裁判官も同様で、租税に関する裁判だけを扱っているわけではありませんので、税務を知らなくても仕方がありません。

仕事柄、判例を読むことが多いですが、裁判官は課税庁の主張を信用しているところが多くあるような気がします。

裁判官に租税に詳しい人がいると、今回の裁判の判決も違った方向に動いていたかもしれません。

日本人は節税の意識が低い

国税庁の任務は、適正かつ公平な課税の実現です。

基本的には、法令等に従って課税することで、適正や公平は満たされますが、公平には実質的な部分が含まれます。

相続税は富の再分配として、富裕層に相続税を課すことが、社会一般として正当化される傾向にあります。

富裕層が節税すると金額が大きくなるのは当然であり、「租税負担の公平を著しく害する」ので、実勢価格で評価することになります。

ある種、富裕層は実勢価格、富裕層でない人は路線価といったすみわけができてしまいます。

日本人は、欧米人に比べて、お金に対する意識や節税の権利意識が低いと言われています。

その結果、日本は欧米に比べて、富裕層の財産も少ないですし、国民の時間当たりの労働生産性も低く、役員報酬や給料も低いです。

日本人の保守的であるという性格からくるものもありますが、欧米では小さい頃から資産形成の教育を受けており、お金に対する意識が強いのだと思います。

裁判官も人で、日本の環境で教育を受けて、日本の社会で働いているわけです。

もし欧米でこの裁判が行われていたら、租税負担の公平よりも節税の権利が重んじられ、納税者が勝訴しているかもしれません。

日本でも、ようやく高校の授業で、資産形成が必修になりましたが、個人的には、小学校や中学校から教えていく必要があると思います。

国税「伝家の宝刀」に対する不動産投資

上記のいずれの裁判でも、課税庁、裁判所は、課税庁の事務の手間を考えると、路線価で評価する方がよいと言っています。

路線価で評価するという基本的な考え方は変わりませんので、全ての不動産投資家に影響するわけではありません。

金額による基準は申し上げられませんが、一般的に考えても、相続財産が多い富裕層ほど調査を受けやすいというのはわかります。

上記裁判における相続財産は、いずれも15億円を超えています。

大切なのは、相続税を節税するために、不動産を購入し、借入れをしたと認められないことです。

長期、計画的な相続税対策

一番大きな要因は、マンションを買った時の年齢で、上記裁判では、89歳、90歳、95歳と高齢です。

そのうち2つの裁判では、マンションを買った年齢で亡くなっており、裁判③では、病気がわかってからマンションを買っています。

上記裁判②③でも、裁判所は「近い将来、発生することが予想される相続において」相続税の負担の軽減を図っていると言っています。

極端な話、明日相続するから、今日マンションを買って、ローンをすると、相続税を納める必要がなくなってしまいます。

銀行が主導でやっているとはいえ、高齢ではローンの返済にも現実味がありません。

目の前に死が迫らないと、実感がわかないかもしれませんが、相続はいつか必ずやってくるので、相続税対策は長期にわたって計画的に行うべきです。

亡くなる歳は人それぞれであり、何歳なら大丈夫なのかという基準はありません。

富裕層は、生前贈与を活用することはもちろん、財産を次世代へ移転させることを早くから考えるべきです。

私なら、法人でマンションを購入し、子供や孫を株主、役員にして、家賃収入を配当や給料で次世代に移転させた上で、最終的に株式を子供や孫に相続させます。

節税目的の不動産投資はしない

節税目的で不動産投資をすると、収益物件でなくてもかまわないので、家賃収入が途絶え、うまくいかないとよく言われます。

初期費用がかり、不動産を購入したときに、本業の給料の所得税から還付を受けることができます。

年収が高い方は、購入時だけでなく、中古物件の減価償却費を多く計上することができるので、毎年、本業の給料の所得税から還付を受けることができます。

所得税や相続税の節税よりも大切なのは、家賃収入が途絶えない収益物件を購入することです。

その結果として、不動産やローンがあり、相続税の節税につながるという考え方でよいのではないでしょうか。

また、不動産投資には賃貸経営という側面があります。

今回の裁判で、賃貸経営という行為があれば、相続税の負担の軽減を図っていると認められなかったかもしれません。

路線価と実勢価格の乖離に配慮

都心ほど、路線価と実勢価格の乖離は大きくなるので、都心のマンションを購入される方は、気をつける必要があります。

実勢価格と乖離している路線価を課税庁が時価として採用すること自体に問題がないとは言い切れません。

ただ、納税者は自分が有利であるため、実勢価格より低い路線価で時価を評価することに文句は言いません。

路線価と実勢価格の割合がいくらなら大丈夫なのかという基準はありませんが、乖離の割合と金額を勘案して判断する必要があります。

判例からは、路線価が実勢価格の半分、乖離の金額が5億円、それよりも低くする必要がありそうです。

※私は課税庁側の人間ですが、今回の裁判に関わっていませんので、記事に書かれている内容は、判例を読んで感じた一個人としての見解になります。課税庁の中でも不動産投資をしている人は少なく、客観的な立場で今回の裁判を振り返ることができたと思います。

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